風の旅路
楽師旅団 ≪風読鳥≫ 1st Live
Wind Gazer -風を律する者たち-
~紫電の雷帝編~
序幕 -プロローグ-
これは、ある旅団の物語。果てなき旅路を歩む者たちの物語。
彼らは風に揺れるケープを纏い、精霊の加護を受けし楽器を携える。
彼らは嘆く風の歌を聴き、世界のために音を紡ぐ。
彼らは風を観測しながら、綻びゆく世界を巡る。
綻んだ風を律する、風律師の一向。
楽師旅団《風読鳥-かざみどり-》、彼らはそう呼ばれていた。
雲渡りの渓谷 -風を聴く地-
風読鳥一行は、久しく立ち寄れていなかった彼らの望郷の地『風渡りの渓谷」を訪れた。
精霊と対話し、風を律する風律師の力は、この地の疾風とともに生まれた。
この地に住まうは、鳥類の面をつけ翼を持つ一族。
彼らは風の何たるかを知り尽くした、気高き疾風の民だった。
天高く位置するこの渓谷には、遥か彼方からの風の便りも容易に届く。
風読鳥たちは、揺蕩う世界の風の音から、ひとつの不穏な風の流れを見つけた。
「どう思う」風読鳥は一族の長に問うた。
長老は静かに答えた。
「遥か西の地にて、紫電の風が嘆いている。雷鳥を探し、これを鎮めねばなるまい」
風読鳥は微かに淀む西の空を見上げ、静かに頷いた。
リンゴ畑のある小さな村 -風の庇護を受けし豊かな地-
アンブロン地方にある人口約200人の小さな村『プロコ村』
風渡りの渓谷から吹きおろす風の加護を受けるこの村は、肥沃な土地と冷涼な気候に恵まれた、自然豊かな土地だ。
独特の木組みに淡い色彩の風景が美しい。リンゴ栽培が盛んで、畑が遠くまで広がっている。
リンゴを使った酒や料理は絶品だ。それを目当てに多くの旅人や商人が集まる。
風渡りの渓谷を旅たった風読鳥は、この村に立ち寄ることとした。
村の酒場は、収穫のこの時期に大陸中からこの地を訪れた商人や旅人たちでおおいに盛り上がっていた。
彼らは黄金色に輝く酒がなみなみと注がれたジョッキを片手に、宴に興じている。
注がれている酒は、麦と林檎の酒『アンブロンバイト』
琥珀色の林檎を主材に、副財で麦を加えて作るプロコ村の特産品。
麦の豊かな香りと、リンゴのスッキリとした甘さが絶妙に共存している。
旅人たちの疲れを癒やす至福の1杯として人気だ。
一度飲むとアンブロン地方に噛みつかれたように離れたくなくなることから、その名が付けられた。
宴の中、風読鳥たちは大陸の中央からやってきたという旅人たちから話を聞くことができた。
「知っているか?風の噂で聞いたのだが、北西のカイザ地方では、なにやら悪い風が吹いてるらしい。」
顔を赤らめた酒臭い別の旅人たちもその噂に喰らいついた。
「その噂、俺も聞いたぜ。もう半年も雷雨が収まらないとか」
「あそこらは火のアグニ商会が牛耳ってるが、奴さんたち、商売のために、山を削り、木を切りすぎてる!」
「そいつはいけねえ。あの商会は信仰ってもんを知らねえと有名だ。きっと山の精霊様がお怒りに違いない」
大麦と風車の村 -荒廃した鈍色の地-
噂を聞き、アンブロン地方を出発した風読鳥一行は、西へ西へと歩みを進めた。
各地の精霊と対話し、風を律しながら道を征く。それが風読鳥たち風律師の生業だ。
道すがらの光景を、彼らは目を細めながら眺めていた。
ここはかつての農村地帯、グレイア地方。初冬の西風が、羽が折れた風車を虚しく揺らしている。
乾いた土の香りが一行の鼻腔を刺激した。
この世界『ノスタラジナ』に伝わる伝承によれば、かつて数百年前、世界中で嵐が吹き荒れる災害『大災嵐』が起きた。
精霊の怒りにより、ノスタラジナの宙に浮かぶ2つの月のうちの1つが大きく崩壊し、大地に降り注いだ。
月の欠片は海を割り、大地を穿った。嵐が各地を襲い、世界は一変した。
ここはかつて栄えし農村地帯。在りし日の村人たちは、翌年の収穫に向け、大麦の播種に勤しんでいた。
風読鳥たちは、風の記憶を聴く。
夏風になびく大麦の潮騒を。
西へ西へと街道伝いに歩みを進めた風読鳥一行は、北へと北進する前に、休息を求め港街ワーカイアに辿り着いた。
港町ワーカイア -海風と生きる地-
この大陸では今もっとも活気のある街のひとつである。
街は商店と人波に溢れ、活気だっていた。
澄み渡る青空を見上げると、街を眺めるように低く飛ぶ海鳥たちが、のどかに鳴いていた。
活気のある街には活気のある酒場が付き物だ。
風読鳥一行は、ひと時の安らぎを得るため、酒場へと向かった。
この街の特産は海産物と、絶品の麦酒だ。
この地方の麦「雷音麦」は他の地方と比べて特別に育ちが良く、良質な麦酒を生み出す。
不思議なことに、雷が麦畑に落ちると、その年の麦の育ちが良くなるため、このような名前が付いたと言われている。
酒場に集まる人々は麦酒を片手に雷雨を司る精霊に感謝し、ポルカを奏でながら酒場をこう呼ぶ。
『精霊の麦雷亭』と。
麦雷帝では楽しげなポルカが鳴り響き、人々は楽しい宴に興じていた。
ポルカを奏でる酒場の楽師とともに、風読鳥たちも演奏を奏でた。
肩を組み歌を歌い、盃をゴツンと交わし合う人々を見て、風読鳥たちも陽気な気分にならずにはいられなかった。
宴も佳境に差し掛かった時、街の住人らしき客たちが話しかけてきた。
「この旨い麦酒も全て雷の精霊様のおかげさ。
だからワーカイアに住むワシらは自然への感謝と精霊様への信仰を忘れない」
「ところがどうだい、今年はちっとも雷が畑に落ちない。不作もいいところさ。
まぁ美味い麦酒を此処で楽しめる分には収穫は大丈夫だが…。来年再来年はわからねぇ。
そうだ、あんたら、風律師の一行だろ?ここから北のカイザ地方の件、話は聞いてるのか?」
風読鳥は小さくうなずいた。
「あのあたりはよ、もう数ヶ月も雨が降り続いている。
そんな土地柄じゃねえはずさ。昔は風光明媚なとこだったのによ。」
北から南下してきたという商人が、呂律の回らぬ口で語る。
「あの一帯をよぉ…俺は通ってきたんだがよぅ…。ひでえ有り様さ。
火のアグニ商会が、一帯の山を切り拓いちまってる。自然は無茶苦茶さね。
そのせいかもしれねえ。それはそれは雷帝様もお怒りさ。
雷雨の嵐の夜に、ついに出たんだとよ。大鷹のようなデカい雷の精霊様が」
「ほんとか。雷帝…。
俺っちの爺さんのそのまた爺さんから聴いたことはあったが、てっきり御伽噺かと思ってたぜ。」
事態は、風雲急を告げていた。
クゼールベール -気高きかつての栄光の地-
カイザ地方へ向かうため、風読鳥一行は、旧帝国の遺した石畳の街道を北進する。
帝国都市クゼールベール。
圧倒的な軍事力を有し、天にも届かんとする技術を有したかつての帝国の姿は、大災嵐のあと、今はこの石畳と僅かな遺跡を遺すだけである。
それでもヒトは逞しく命を育む。
遺跡の廻りには、木組みの家が立ち並ぶ静かな景観が美しい街『クゼールの街』を築き上げた。
一行はかつての栄華に想いを馳せながら、クゼールに向け石畳を踏みしめる。
しとしとと降り続く雨の中、風読鳥たちはカイザ地方へと辿り着いた。
長雨の故だろうか、欠けた石畳の街道は至る所が泥濘んでおり、一行の足を重くする。
泥濘む道を行き、見晴らしの良い小高い丘の頂上に到着した一行は、顔を上げ、カイザ地方の山々を一望した。
ここから見下ろした大地には、美しいクゼールの…街並みと霊峰カイザネイアが横たわっている。
そのはずだった。数年前まではそうだったのだ。
彼方には、鼠色の雷雲立ち込める霊峰カイザネイアと・・・ああ。なんということか。
風読鳥たちの悪い予感は的中した。
霊峰カイザネイア -雷帝の住まう泥濘の荒地-
霊峰カイザネイアの麓には美しい樹海が広がるはずが、その姿は見る影もない。
土砂にまみれた禿山が無惨に広がっていた。
これは…何が起きた…?
霊峰から流れ落ちた土砂崩れが、山の麓になだれ込んでいる。
遠目に見ても、土砂崩れの勢いは凄まじく、霊峰の麓に位置するクゼール街並の半分以上を飲み込んでいた。
街に近づくにつれ、雨風は次第に強くなる。風読鳥たちが風を切って街へ向かうと、住人の集団に出くわした。
何があった、息を荒げた風読鳥は、住人たちに問いただした。
頬が痩せこけた住人の一人が、疲弊した口調で語った。
「その出で立ち、風律師の一派か?・・・数日前だ。街の裏にある禿山が、この長雨で崩れ落ちてきた。
今月で土砂崩れは3度目だ。雨が止まないんだ。どうしようもねえ。」
樹海が何故あんなことに。
数年前に立ち寄った際は、人を寄せ付けぬ深く美しき樹海が広がっていたはずだと、風読鳥は更に問いただした。
「イグニ商会のやつらが、旧帝国の遺跡から大量の遺物を見つけたんだ。
まるで魔法さ、カイザ地方の樹木『ロックバーチ』は岩みたいに硬えが、その遺物を使えばロックバーチの幹がバターみたいに切れちまう。
ロックバーチは加工が難しい。
だがその軽さと強度から、大昔は建材として大人気だったそうだ。」
筋骨逞しい若い住人が言った。
「遺跡の構造体の大半がロックバーチでできてるのを、あんたも知っているだろう。
かつての帝国も、この木を使って天まで届く塔を建てたってお伽噺があるくらいだ。
・・・そんな遺物を、現世で見つけた商会がやること言えば、一つだ。
世界中で金になるのさ…。もうわかるだろう。」
壮年の女性が悲痛な声で語った。
「私たちは必至に彼らを止めようとしたんだ。大災嵐の後、カイザ地方に伝わる古い言い伝えがある。
『自然と共にあれ、精霊と共にあれ』という伝承が。
商会の連中は聞く耳を持たなかったよ。『革新こそが世界を変える』ってね。
商会がどうなったかって?街の北側にあった商館もろとも、今はあの土砂の下。
あっという間にみんな生き埋めになっちまった。自業自得さ。」
老人が語る。
「霊峰の精霊様がついにお怒りになってしまったのさ。
2週間ほど前の雷雨の夜に、けたたましい轟音が鳴り響いたと思って空を見上げたら、大鷲のような雷が霊峰に浮かんでいたよ。
何十年も生きてきたが、ワシも見たのは初めてだ。
そして、その姿がクゼールベール遺跡の壁画に描かれているのを、この街の者なら誰もが知っている。
あれはこの地の、〜雷帝〜と呼ばれる大精霊様だ。」
街の長らしきものが首をうなだれて、懇願した。
「風を律する者たちよ、我らには、もうどうすることもできぬ。
どうか、精霊様を鎮めてくれぬか」
風読鳥たちは、深く一息をついたあと、静かに頷き、霊峰カイザネイアの頂きを目指した。
雷迅風鳥 -慟哭せし紫電の雷帝-
精霊を象った石像を安置する祠があるという霊峰の頂上を目指し、風読鳥は隘路と尾根を交互に進む。
しかし頂上は…頂上まで土砂崩れが起きてしまっている…祠は無事なのだろうか。
風雨で泥濘む山路を征く一行は、頂上近くの斜面に泥砂に塗れた祠を見つけた。
これは、なんということか。そのとき、夜空が突然閃光のように白く光り、轟音が鳴り響いた。
たまらず風読鳥はワッと身を下げた。
閃光でまだ朧気な目を宙に向けると、夜空に現れたのは、大鷲を象った荘厳なる雷光だった。
大精霊だ。初めて見るその輝きの美しさに、風読鳥たちは刹那の間、我を忘れ、畏怖し、大きく息を呑んだ。
雷光は頭に鳴り響く地鳴りのような声を放った。
『たかだか数百年の刻の中で、貴様らはあの過ちを忘れたか。赦し難い。なんと赦し難い』
風読鳥たちの顔が恐怖に震える。奥歯がひとりでに鳴るのを止められない。
『なぜ森を荒らす。なぜ大地を削る。赦し難い。』
しかし彼らは紡がなければならない。強張る手で彼らは楽器をしかと手に取った。
『在の日、天を目指した貴様らは、地への尊びを忘れた。破壊により地が嘆いたのだ。
何故それが分からない。何故繰り返すのだ』
綻ぶ世界に手向ける彼らの紡ぎ唄が、幕を開けた。
終演 -贖罪の地-
蒼き雷光が次第に勢いを弱め、祠に祀られた大鷲の石像へと収束していく。
未だ淡白い輝きを失わない石像が静かな口調で語りかけてきた。
『この憤怒が和らいだとて、ヒトが繰り返す過ちは赦せぬ。
あの樹海の様をなんとする。
大地の天罰は必然。吾はそれに手を差し伸べただけだ。』
ケープの端々が焼け焦げ、満身創痍の風読鳥は、その言葉に唇を噛み締めた。
『三度は無いものと思え。ヒトの子らに伝えよ。風と、大地と共にあれと。』
その言葉を最後に、石像は眠りについた。
終わらぬ雨が止み、雲の隙間から夕暮れの光が寂しげに差し込んだ。
風読鳥が雨の止んだ街に戻ると、住人は歓喜をもって一行を出迎えた。
風律師の責を果たすため、風読鳥は大衆の歓びを制し、精霊の言葉を伝えた。
住人は大粒の涙をこぼし、二度と過ちは繰り返さぬと誓った。
何代にも渡り、樹海を元に戻すと彼らは誓った。末代まで語り紡ぐと、固く誓った。
精霊の言葉を紡ぐは風律師の務め。
綻べば紡ぎ、ヒトは風と歩む。
住人は誓いを唄と変え、風の紡ぎ唄は語られゆく。
果てのない旅 -エピローグ--
世界は緩やかに綻びゆく。
綻びを早めるのはヒトの業であり、紡ぎ直すのもまた、ヒトの為せる業である。
風の理を律し、世界を調律する風読鳥の旅は、ヒトの業がある限り、これからも果てしなく続いていく。
~Fin~