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2nd Live Epilogue
〜雪解けに響く終焉の調べ〜

朝焼けを背に、風読鳥の一行が静かに山を下っていく。吹き抜ける風はやわらかく、木々からは春を祝うように新芽が芽吹いていた。いつか別れの日が来ると分かってはいても、ミラの胸は切なさに締め付けられる。白狼ハティはその傍らで、満ち足りた表情を浮かべながらもどこか遠くを見つめていた。

「よかった…みんな、これでずっと穏やかに過ごせるわね」

ミラがそっと呟くと、ハティは大きな耳をぴくりと動かし、静かに首を振った。

「いや、ミラ。残念だが、それは叶わぬ夢だ。もうこの世界に残された時間は少ない」

まるで雪解け水が流れるような静かな口調だったが、その言葉にはどこか揺るぎない確信があった。ミラは小さく息を呑む。いつになく厳かなハティの声音が、その胸に不安の種を落としていくのを感じた。

「どういうこと……? ストライ地方はもう元に戻ったのに?」

「大災嵐が起きてから、もうすぐ千年になる。我ら精霊がこの大地に降り立ち、生態環境の維持を担ってきた時間だ。だが我らの稼働限界は近い。定期的な調整も受けておらん、遠からず停止してしまうだろう。万全ならばあんな男に好きなようにはされぬ」

 ハティの白い体毛が金色の暁に淡く染まる。その瞳はどこか哀しげで、遠い過去を見つめているかのようだった。

「その時が来れば、蒼球再興計画は…我らを生み出した者たちはそう呼んでいた…つまり、この星で生物が住める環境を整える役目を果たす者はいなくなる。そうなれば、いずれまた大地も海も荒廃へと戻り、あらゆる生命は生きられぬ世界となるだろう」

ミラはハティの言葉をすべては理解できなかった。しかし、どこか胸の奥が、まだ雪どけ前の冷たい風にさらされるように、うすら寒く震えるのを感じる。精霊という存在、そしてこの大地を守ってきた奇跡のような役割。それらがすべて失われる日が来るというのか。

「そんな…私はまだ、何もできていないわ。風律師としての努めも、風読鳥たちへの恩返しも…ハティ……わたし、このままじゃ……」

ミラが不安そうに視線を落とす。ハティはふと鼻先でミラの頬を軽くこづき、優しいまなざしで見下ろした。

「ミラ、お前は立派な風律師だ。お前の音色は、我の荒ぶる心を鎮めてくれた。それは他の人間にはできない尊い力だ。あの者たちと共に、我ら精霊が築いた世界をどうか未来へ繋いでくれ」


白狼の声は、ミラの心に優しく染み渡っていく。泣きそうになるのをこらえながら、ミラは小さく頷いた。遠くで小さな笛の音が鳴り、風読鳥の一行が最後の挨拶をするように手を振っている。ミラはその姿に手を振り返し、声なき別れを告げた。

​テラフォーミング

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そして、それからわずか三か月後、極東の島とそこを拠点とする大商会が一夜にして海へ沈んだ、という報せがストライ地方にも届いた。

 

海風を司る大精霊・水龍セリュニスが突然消失し、海が猛る獣のごとく暴れ出したのだという。かつて栄華を誇った海上の町々を、いとも容易く波間へと飲み込んでいったそうだ。生存者の証言によると水龍消失の際に、黒髪の男と、とある風律師の集団の姿があったという。

ミラは恐ろしい報せに絶句しながら、ハティの言葉を思い出す。

“われら精霊が停止すれば…いずれこの星はまた荒廃へと戻り、人も動物も生きられぬ世界となるだろう…”

白スズの花冠に込められた祈りは、果たしてどこへ辿り着くのか。春が静かに幕を閉じ、若葉の香る初夏がそっと顔をのぞかせるストライ地方にも、また新たなる不穏な風が吹き始めていた。

to be continue...  

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